モンテッソーリloverのブログ

モンテッソーリ大好き教師の綴りごとです。AMI認定 国際モンテッソーリ教師0-3歳、3-6歳ディプロマ取得。

Q. 2歳半 ムリヤリ「ごめんなさい」させるの、本当に必要ですか?

【ご質問】

「謝る」という事について、です。

息子はそれなりにワンパクで、
家にいると同居の家族に遊んでもらってる内に
ひいばあちゃんやひいじいちゃん(私の祖父母)に
思いっきりパンチしたり、
私の両親が寝てる時に目つぶししたりと、
ちょっと度が過ぎるわね(#^ω^)
って事をやったりします。

それは勿論、私や主人にもやってきますが、
主人や私はやられたら真顔の低い声で

「そういう痛い事されるの嫌いなの。
 やめてもらえる?」

としゃがんで息子の目を見ながらいい続けていたら、
私や主人には力加減したり、
やめてねと言うとやらなくなったんです。

ただ上の方達は、
「( ´∀`)いたたたたた〜!これこれ痛いよ〜」
とか
「いったぁ〜〜〜い!ヽ(`Д´#)ノ」
とか
リアクションが大きくて、
息子もその反応が楽しいみたいで
さらにやるんですよね…
(私も幼い時は親戚のおじさんがこのタイプで、
 この反応が見たくておじさんを叩いてたので
 息子の気持ちはすごくわかります)

で、その後に「謝りなさい!」
と言われるんですが、
そうすると息子は顔を横にふり、
その場を離れてしまいます。

私もその場にいれば、
「○○、ばあちゃん、今○○に叩かれて痛かったんだって。○○謝ること出来る?」
と聞くと
「いいの・・・・」
と顔を横にふって私に抱きつくか、
その場を離れてしまいます。

父母の謝りなさいって言い分もわかるんですが、
なんていうか、
父母のは“とりあえず謝りなさい”て感じで、
上の件以外にも全然関係ない所で
「ほらママに謝りなさい」
と言われて
何度か祖父母・父母にキレたことがあります(汗)

ん〜〜言いたい事がうまくまとまらないのですが、
この「謝る」という行為って
私的にはある意味産まれてから最初の
心技一体の行為ではないのかなと思うんですね。

だからこそ無理やりさせる事ではないんじゃないかなと…

なのでmontessoriloverさんの経験もふまえて
今回の「謝る」という事について
ご意見いただければなと思い
ご迷惑を承知で質問させて頂きました。



【回答】


このご相談には
分けて考えないといけないポイントが複数含まれているので
それらを整理しながら回答を進めていきます。



まず、
「ごめんなさい」についての基本的な認識は
ご相談者様がおっしゃる通り
「人から強制されるものではなく、自ら謝る」
のが理想的な形だと思います。


自分のしたことが、相手を傷つけた(事実)
ということに気づき(頭)
「悪かったな」と感じて(心)
「ごめんね」と言う(行動)

のが謝るということの本来の流れです。


ただ、謝るという行為は
大人ですら、悪いと思っていても素直に謝れない
という難しさがあり、

そこに加えて
3歳前の「自己中心的なのが普通の時期」には、
「相手がどう感じたか気づく」
ことが、まずとても難しい
のも事実です。


3歳未満の子どもは、脳の発達途上で、
自分から見た視点しか持ち合わせていない
ので
相手がどう感じたかということと
自分がそれをされたときにどう感じるか
ということが結びつきにくいのです。


だから周りの大人は何もしなくていい
と言いたいのではありません。


相手の気持ちを推し量る共感力は
この時期も含め、経験によって育まれていきます。


自分の言動によって相手がどう感じたかを知るには
「○○、ばあちゃん、今○○に叩かれて痛かったんだって。」
とご相談者様が既にされているように
大人の通訳が必要になります。


プラス、「ごめんなさい」と素直に謝る姿を
大人が代わりに見せることが
吸収する時期の子どもには特に必要
です。


もちろん吸収する時期が終わった6歳以降も
必要なのは言うまでもありませんが
この時期の子どもは特に
周りの人の言動をも吸収して自分の人格の土台にします。


「こういうときにごめんなさいっていうのか」
という体験を、理屈抜きで吸収するので
子ども本人に謝らせることよりも
私たち大人が、子どもの代わりに相手に謝る姿を見せるのが大切です。


そしてこれは
すぐに子どもに効果が出るものではないので
繰り返し見せてあげることも必要です。


そのあとで
「おばあちゃん叩かれて痛かったから、
 ごめんねしてほしいんだって」

と、イエスノーで答えられない言い方で
本当は、あなた自身に謝ってほしいんだよ
ということを伝えていけるといいと思います。

(「ごめんねできる?」という聞き方だと
 イヤイヤ期の子どもはかならず「イヤ」というので)


そのあと、子どもが謝らなかったとしても
大人が代わりにもう一度謝って
(その姿を見せて)
その場を収めて頂ければと思います。




で、この相談に関しては
もう1つ必要な通訳作業があります。
(ここが別ポイントその1)


何が相手をイヤな気持ちにさせたのかを
分かりにくくさせているのが
おじいちゃんおばあちゃんの反応です。


一見楽しそうなのに
一転して「謝りなさい!」
と怒られることで
お子さんは混乱して
「…いいの。」
と口を閉ざしてしまっている可能性もあります。


そこは、改めて
大人側だけで話し合って
こちらから協力をお願いする必要があるかもしれません。


おじいちゃんおばあちゃんの反応が大きすぎると
子どもはそれが楽しくて、よけいにやってしまうこと。
子どもの方は、楽しいと思ってやっていたのに
急に「謝りなさい」と怒られてびっくりしてしまうこと。
だから、叩かれたときには
やめてほしい、叩いてほしくないことを
まじめな顔で真剣に伝える必要があること。
実際、そうやって真剣に伝えている父母には
やらなくなってきていること。



などを、少し丁寧に説明して
子どもの気持ちを、大人側に通訳して伝える必要があるかもしれません。


ここで、注意していただきたいのが
決して「こうしてよ!」という
命令口調にならないようにしてもらいたいということです。
あくまでも「お願い」というスタンスを忘れないでください。


普段から、ご相談者様は
朝や帰宅後の忙しい時間に
おじいちゃんおばあちゃん方にお子さんを見て頂いているとのことなので
まずはそこへの感謝を先に伝えて
それから、「できれば…」という形でお願いしてもらいたいのです。


感謝の気持ちが抜けて
一方的な言い分だけを伝えても
家族間の争いのもとになってしまいます。


子どもは
(吸収する時期には特に)
家族間の人間関係をもよく見ています。


何か言いたいことがあるときに
どのような雰囲気で
どのような態度で伝えているか

特に身近なお父さんお母さんの姿は
本当によく見ています。


そしてただ見ているだけでなく
無意識にも意識的にも
その言い方や態度を吸収して
それを再現します。



ですので、もし、ご相談者様が
ご自分のご両親にキレてしまうことがあったとしても
(同居しているとそういうことはよくあると思うのですが)

そのあとで
「さっきはあんな言い方をして申し訳なかった、
 ごめんなさい」
と謝る姿勢を見せることが
お子さんに
謝るとはどういうことか
言いたいことを伝えるとはどういうことか
を伝えるいい機会にもなると思います。


お子様の育ちにとって本末転倒な結果とならないよう
ここのポイントだけは外さないでもらいたいなぁ…
と感じた次第です。




そして、お子さんの方にも
常日頃から
「人はたたかないんだよ」
ということを伝え続ける必要があります。
(別ポイントその2)


本人は遊びのつもりでやっていたとしても
叩かれるということは、いつでも誰でも痛いんだよ
痛いことはやめてほしいんだよ

ということを、根気強く
何度でも初めて伝えるように伝えていくと
幼い子どもでもだんだん分かるようになります。


特に、目つぶしは
真似事だとしても、本当に目が見えなくなってしまうおそれがあるので
大人全員が、本気でやめるように伝えてもらえたらと思います。



最後に、
そもそも子どもが人をたたいて謝る場面が少しでも減るよう
行動の目的を変える手段として

人はたたかない
を伝えると同時に
たたいてもいいもの、たたいていい場面
を与える
ことを提案します。


太鼓やボンゴ、布団たたきなど
たたきたいパワーをうまく変換させて
人をたたくことが少しでも減るよう
生活の中でも工夫してみて頂けたらと思います。


(遊んでいるうちに興奮して叩く
 という場合は、
 最初に叩かれた時点で
 真剣にやめてほしいことを伝える
 ということを繰り返してください)


***********************


長くなりましたのでまとめです。

・大人が通訳になって、子どもに相手の気持ちを伝える
・子どもにムリヤリ謝らせるより、大人が代わりに謝る姿を繰り返し見せる方が大切

・大人側にも、子どもの気持ちを伝える通訳作業が必要
・でも命令ではなくあくまでもお願いするスタンスで、日々の感謝も忘れずに

・「人はたたかない」ことは真剣に繰り返し伝え続ける
・同時に「たたいてもいいもの/場面」を用意しておく



以上です!
お返事に時間がかかり、申し訳ありません。
(いつも)

また何かありましたら、
コメント欄でお知らせください。

その他のご質問やお悩みも
コメント欄で常時受け付けております。


現在、寝かしつけについてのご相談と
その後の経過についてお知らせいただいているので
これからそれをまとめます。
また時間かかってしまうと思いますが!w

Q. 4歳年少さん 描く(書く)ことが苦手です

【ご相談】

息子は、描くこと(書くこと)に苦手意識があります。
どう手助けしてあげれば良いか悩んでいます。

3歳くらいまであまりお絵かき(殴り書き)など
する機会がなかったこともあります。


保育園はモンテッソーリの理論を
一部取り入れている
非認知能力形成に力を入れた園で
赤ちゃんの頃から指先を動かす遊び、
体を動かす遊びとバランスよく、
しかも一人一人好きな遊びをさせてくれています。

指を動かす創作(ラQ、レゴ、おはじき通し)や
自由なペイントは好きで、
料理などのお手伝いにも意欲的です。


絵本は好きで
ひらがな、アルファベット大文字は読めます。

ただ、描くことに興味がなく、
書こうとは積極的にしません。
運筆、迷路などの単純なワークもあまり好きではありません。

周りのお友達がお絵かきに興味を持ったり、
ひらがなを書くことをはじめたりする中で、
親としてまだかまだかと、
ジリジリと待っている状態です。


描けないものを急に描けと言われても
子どもは困るでしょうし、
発達には段階があると理解していますので、
お絵かき以前の 自由な殴り書きまで戻って
そこをたくさん楽しませてあげれば良いのかなと思ったり。

お絵かきの延長に、文字を書くという段階が来るとも本で読みました。

「お絵かきしよう?」と誘えば
「ママ描いて」と言われます。
本人はいわゆる頭足人を描くのですが、
あまり楽しそうではありません。

性格的には慎重でプライドが高く、
できないこと、苦手なことはしたがらないタイプです。
お絵かきに自信がないのは自覚しているようなので、
なんとかサポートしてあげたいです。

描く、書くの敏感期をどのように待てば良いのか、
もしよければ、アドバイス頂ければ幸いです。



【回答】

書きたい!!!
描くの楽しい!!!
と子ども本人が思えるような環境
が必要です。


そんなことは
ご相談者様もよくよく分かっていらっしゃるとは思うのですが、
そしてその具体的な方法を求めていらっしゃるのだと思うのですが、
その前に、

とても心苦しいのですが
この「やりたい!楽しい!」環境を作るうえで
邪魔になっているもの、
どうしても取り除かなければいけないもの
があることを
お伝えしなくてはいけません。


それが、
大人の「書いてほしい/描いてほしい」という気持ち


>周りのお友達がお絵かきに興味を持ったり、
>ひらがなを書くことをはじめたりする中で、
>親としてまだかまだかと、
>ジリジリと待っている状態です。


ご相談者様のお気持ちもよくわかります。
他の子は楽しそうにやっているのに、
うちの子はどうして…?
と焦る気持ちになってしまうのだとお察しします。


ただ、鶏が先か卵が先か的な話になってしまうのですが

大人の
「こうしてほしい/こうなったらいいのに」
という思いが、
子どもに無意識のうちに伝わって
そのプレッシャーによって
子どもがさらに苦手意識を持ってしまうことは
充分に考えられます。


そして、大人の方も
子どものできないことに目が向いてしまうと、
今していることやできていることへの満足感、
あなたが楽しそうで私も楽しい、嬉しいという
共感の気持ちが薄れてしまうので
結果的に、今のお子さんそのものを否定してしまうことにも繋がりかねません。



例えば、あまり料理が得意でないと
自分でも感じているお嫁さんに対して
お姑さんが

「○○さん(兄弟のお嫁さん)は料理が上手ねぇ。
(それに比べてあなたは…いつ上手になるの?)」

という態度だったら、もう、すごく嫌ですよね。笑


口には出さずとも
人と比べられているのが分かり、
ネガティブな評価を感じたら
料理という活動はおろか、
その人のこと自体も、好きになるのが難しくなります。


「私が好き(得意)なのは
 料理じゃなくてお掃除なんだから
 そっちもちゃんと見て、評価してよ!」

という気持ちになるかもしれません。


これは子どもでも大人でも同じだと思います。



実際のところ、
ご相談者様のお子さんは
自由なペイントや指を動かすことは好き
とのことなので
私が最初にご相談の内容を読んだとき
さほど心配にならなかったというのが正直なところです。


この子の書く敏感期は、これからなんだろうなぁ
とも感じました。


ただし、
周りからの先回りの期待感がないという前提があっての話だな
とも感じました。


むしろ今は、今楽しいことを、とことん楽しめばいいのです。

(個人的には、お子さんにとってとてもいい園だと感じました!)


今をとことん楽しむことができていれば、
その子の「旬」が来たとき

書かれている文字に興味を持ち
書こうとするようになる、と思えます。


ですので、殴り書きに戻る必要もありません。
むしろお子さんの態度にも現れているように、
退屈だと思います。
楽しいことの延長に、「できた!」という結果があります。



私がモンテッソーリを好きな理由の一つは
他人と競争する必要がないということです。


他人と比べることに価値を置いていない、
今、そのときをどれだけ一生懸命生きているか
その結果、過去の自分と比べてどれだけ成長したか

に注力できる教育なので
私は安心して、身をゆだねられるのだと思います。


まずは大人の側が
「こうしてほしい」「こうなったらいいのに」
「まだやらないのかな、他の子はやってるのに」
という、他人と比べることによる焦りの気持ちや
ネガティブな評価の感情を取り除いて
(取り除くのが難しい場合は、とりあえず横に置いておいて)


「この子は、いつか書きたい気持ちになる」
「書きたい!ってなったら、とことんやる子だから大丈夫」

ということを、強く信じて
かつ、

「でも、その時期は子どもにしか分からないから
 大人はそれを、楽しみに待とう」

的なゆる~い感じで、ひそかに楽しみに待てるようになると
ジリジリとした焦燥感や悲壮感が減るので、
お子さんの苦手意識が少し和らぐかもしれません。



その上で
子どもが、今持っている(かもしれない)苦手意識よりも
「やってみたい」という気持ちの方が強くなるような環境

考えていきましょう。


①周りの人が書く/描くことを楽しんでいる環境


以前参加した「安田式体操遊び」の考え方が
モンテッソーリとよく似ていました。
その安田式から文言を拝借しますと、

「楽しければ熱中し、(結果)上達する」

のは子どもも大人も共通です。


そして、「楽しい」は、伝染します。


周りで楽しそうにやっていることは
最初は興味なさそうに見えても
いつしか影響されて「やってみたい!」となるものです。


息子さんは慎重派ということなので、
様子見の期間が長いパターンかもしれません。
今がまさにその時期なのだと思います。


この様子見の時期に
周りから急かされさえしなければ

「○○ちゃん楽しそうなことしてるな〜
 僕も書いて(描いて)みたい」

という気持ちが自然に湧き出てくると思います。


なぜなら
6歳までの子ども特有の
吸収する働きはまだ続いている
からです。


お子さんが今いる環境は
「楽しい!」を吸収させてくれる、いい環境だといえます。


周りでお友達が楽しそうにやっているということが
吸収する時期の子どもにとって
大人よりも影響の大きい環境となります。

そこはお友達に任せて、
大人は、子どもの吸収する働きを信じて
素知らぬ顔をしていましょう(笑)


そして時期がきて
最初の文字が書けたときに
一緒に喜んであげてほしい
なと思います。
(大げさに褒める感じではなく、シンプルに嬉しい気持ちを伝えて下さい)



②書いて伝えるコミュニケーションを楽しむ


「書く」ことの大きな目的は
自分の気持ちや状況を文字で相手(周り)に伝える
ことです。

この「書いたことが伝わって嬉しい」
というコミュニケーションの楽しさに気づくと
子どもはどんどん字を書きたくなります。


その時期の子どもたちは
お手紙のやり取りをよくします。



「○○ちゃんへ」
「すき」
「またあそぼうね」
「あそびにきてね」
「××より」


のような簡単なものですが
それがとても楽しく、嬉しいようです。


ご相談者様のお子さんは
拾い読みが「書く」より先に来ているようなので
お友達や先生、ご家族の方など
親しい人からお手紙をもらえると
もしかしたらそれがきっかけになるかもしれません。

もしくは、こちらから
親しい人にお手紙を出す様子を見ることも
書きたい気持ちを引き出すひとつのきっかけになりえます。


で、ここで提案するのが
おじいちゃんおばあちゃんにお手紙を書くことです。
(ちょうど敬老の日もありますし!)


といっても、
書く/描くことを強要する形ではなく
親御さんと共同作業で完成させればよいと思います。


例えば、自由なペイントが好きなら
それを絵葉書にしてもらって
そこに親御さんが

「おじいちゃんおばあちゃんになんて書こうか。
『いつもありがとう?』
 それとも、『だいすき』がいいかな。」

とお子さんに聞いて、文字を書き込めば
共作の絵手紙の完成です。

オクラやれんこんなどで
野菜スタンプを楽しむのもいいと思います。


それを一緒にポストに投函しに行きましょう。


できれば、受け取ったおじいちゃんおばあちゃんの
喜ぶ様子までお子さんに伝えられるといいですね。


実はこれ、
前の職場(あかね子どものいえ)で
毎年恒例でやっていたことなのですが
(野菜スタンプの絵手紙は年少さんで毎年やっていましたw)


今振り返ると、
字を書きたい!と自然に思わせるきっかけの一つになっていた
のかもしれないなぁと思うのです。


あくまでも目的は
おじいちゃんおばあちゃんにお手紙を出すこと、
として、楽しんでやってみてもらえれば、

お子さんも変なプレッシャーを感じずに
おじいちゃんおばあちゃんとの
お手紙の交流を楽しめると思います。


③描く活動のバリエーション


料理のお手伝いも大好きということなので
そこから派生して
(手間はかかりますが)

・玉ねぎの皮や黒豆の煮汁で染め物をしたり
(身近なものから出る色を楽しむ)
・その煮汁を絵の具のようにして自由なペイントをしたり
(+描くことを楽しむ)
・リンゴやレモンの果汁であぶり出しをしたり
(+マジックのような化学変化を楽しむ)


お料理は全く関係なくなりますが(笑)
Tシャツや布地にペイントをしたり


画用紙にクレヨンの一辺倒ではなく、
描く楽しみを
大人も子どもも一緒に見いだせる活動があると
お子さんの描く活動もまた一段階進むかもしれません。


提供する大人の側もワクワクするような
描く活動は
そのワクワクが子どもにも伝わると思うのです。


[まとめ]

子どもの吸収する働き、敏感期の力を信じる
・その時期は子どもに任せて待つ

・今お子さんのいる環境は「書く/描くって楽しい!」を伝染させてくれるいい環境

・大人が先回りの期待感でプレッシャーを与えない


これをふまえた上で

・絵手紙など「書いて伝える交流」を楽しむ
・布地ペイント、あぶり出しなど大人もワクワクする「描く」を紹介する


以上です!
何かありましたら、またコメント欄からお知らせください。

どうぞ、今しかない子どもの「今」を
大人も一緒に楽しめますように。






Q. 2歳7ヶ月 日付や時間の伝え方

【ご質問】

娘(2歳7ヶ月)に日付や時間を教えたいです!

娘は時間の感覚はざっくりとしていて、
でもなんとなく、
家でこれくらいのことをしたら出かける時間
とか、
昨日と今日と明日があるという
現在過去未来という感覚には気づいているようです。
(過去のことはきのう・この間
 未来のことはあした、と言っています。)


日常では、時計の針がここまで進んだら
という話をしたり、
カレンダーを低いところにかけて、
今日はここです。
お父さんがお休みの日はここです。
とか言ってみたりしてはいます。


●そもそも、2歳7ヶ月で、どの程度の理解が可能なのか?
●理解したとして、生活にどう落とし込んでいくと、感覚が養われるか。
●出かけるまでの時間や寝る時間をどう説明したら良いか。
●日々判を押すように同じことができれば理想ですが、そうならない時にどう説明したら良いか、

何かアドバイスをいただけたらなと思っています。
よろしくお願いいたします!



【回答】

いきなり希望を壊すような答えで申し訳ないのですが
時間感覚の認識というのは
乳幼児にとっては難易度が高いもの、ということを
最初にご了承いただければと思います。


なぜなら、この時期の子どもは
「今、そのとき」に全力を注いで生きているからです。

何かに夢中になっているときにムリヤリ別のことに誘うと
かんしゃくを起こすのはこのためです。


これは、小さなお子さんといる大人には
特に覚えていてもらいたい、
大人と子どもで大きく違う点の一つです。


大人は、今までの経験と、生活の必要性から
何時までにこれとこれをする、
締切がここだから、逆算して
今やらなければいけないのはこれ、
などと時間軸に合わせて動くことができますが

子どもは、目の前のことを
時間軸に関係なく、満足行くまでやりたがるのが
本来の姿です。


そこに、日常の中で少しずつ、 
必要に応じて「時間に合わせて動く」練習をしている最中です。

大人にとっての「これまでの経験」を、
今少しずつ積み重ね始めている
というイメージです。


「難しいこと」だという大前提の上で
「時間軸を認識できる経験をどのように積み重ねていくか」を
モンテッソーリの子どもの見方をヒントに
思いつくままに書いてみようと思います。

<秩序感>

2歳7ヶ月は、この秩序感がピークだと思うので
そこを生かして(?)
時間の流れを身につけていけるといいのかなと思います。


秩序≒順序や位置などが「いつも(だいたい)同じ」こと
を非常に好む
(≒秩序が乱れるのが許せない)
のが
秩序の敏感期の7ヶ月頃~2、3歳頃までなので

生活の中でも
「いつもだいたい同じ流れ」
があると、
子どもにとっても、「今これをしているから、次はこれだな」
と予測を立てたり、見当をつけたりすることができるようになります。


といっても、
「何時何分にはこれ!」
というような、
分単位でできっかり分けた時間割のようなものではなく
もっとザックリとした一連の流れです。


朝の流れでいったら
起きたら顔を洗って
着替え、
朝ご飯を食べて
リュックに荷物をつめ、
靴を履いて園に行く

みたいな大きな枠組みのことです。
(こんなにうまくはいかないと思いますが!)


ここで、以前ご相談下さった方のその後の経過から
時間軸も上手に活用して
お子さんが(イヤイヤながらも)自分で動くようになってきたという一例をご紹介させて下さい。


*********************

あれから、枠組みだけを伝えて
声掛けそのものを減らす
ようにしました。

例えば、
私「7:30になったら1階におりて、洋服着るよ。洋服着たら保育園行くからね~」
息子「いいの。」
私「そっか~いいのか~(私、その場を離れて自分の準備)」

・・・・7:30になる。

私「はい、7:30になったよ~下に降りて服着るよ~」
息子「いいの!」
私「いいんだね~、じゃあママ先に下に降りてるね~」
息子「いいの~!(泣)」

といいながら自分で下に降りてくる。
私を見つけて「いいの!」としがみつく。

私「おー、自分で降りてこれたね~(←ゆるい感じで)
  じゃあ洋服着替えよ~、
  でさ、○○上着さ、ブルドーザーにする?消防車にする?」
息子「・・・・しょうぼうしゃ」
私「お!消防車かっこいいもんね~、
  じゃあズボンどうする?黄色にする?紺にする?」
息子「きーろ」

とという感じで選ばせて、
選ばないで「いいの!」になったら
「じゃ~ママ選ぶね~」という風に
かる~い感じに、”暖簾に腕押し”をイメージしながら対応しています(笑)

それと私自身もいつもより早起きして
身支度を早くする事で
心に少し余裕出てきたりもしてます。

それを息子も察してるのか、
息子も早く起きるようになって、
その分、ひいじいちゃんやばあちゃんや
私の両親と遊んでもらって
あらかた満足しているみたいなので、
ご相談した後から「いいの!」とはなりますが、
癇癪までには行かなくなりました!
本当にありがとうございました。(T▽T)

**********************


この方がうまくいった理由の1つは
「今、そのとき」を一生懸命過ごしている子どもに
「すぐ次のプラン」
をあらかじめ伝える
ことで
幼い子どもでも見通しをつけるサポートができたから。

(もちろん、ママ以外の方々のサポートがあってこそなのは言うまでもありませんが)


ご相談者様の
「時計の針がここまで進んだら」
というのも、
子どもとの共通認識として
この時間に、次はこれをするということを伝えているので
そのまま続けて頂ければと思います。


応用編としては
朝の流れ、降園後の流れなどを
目で見て分かるように一覧表を作るのも一つの手です。


時間軸を時計の絵やおもちゃの時計で表し、
その横に行動(例.起きる、歯を磨く)をイラストと文字で表す。


時計が読めなくても
針の位置が同じ形になったら○○をする
という認識ができます。


一部療育の方法として取り入れられているものですが
すべてのお子さんにとって、時間軸の理解につながる
目で見て分かりやすい方法だと思います。


表にすることで、大人の声掛けが減らせるのも大きい所です。


2歳7か月の今の時期は
7時20分などの中途半端な時間ではなく
ちょうどの時間(8時、6時半など)をベースにするのが
より分かりやすくてよいと思います。


>●日々判を押すように同じことができれば理想ですが、そうならない時にどう説明したら良いか

これはもう、
予想できる範囲であらかじめ伝えておくか、
その場で「これこれこういう理由で今日はこれを先にするよ」
と伝えて
秩序が乱れて不機嫌になったら
「いつもとちがってイヤだったのね」と
その不機嫌な気持ちを受け止めてあげる
くらいしか思いつきません。笑

お休みのおでかけなどは
「何時に出発します」
くらいは伝えておけるといいですね。



<数の敏感期について>

おそらく、このブログで一番触れていない敏感期です(笑)
モンテッソーリ≒数≒早期教育!みたいな走り方をしないように、つい避けてしまう…


時計の読み方や、時間の概念に関係する敏感期の一つなので
ざっくりお伝えしておきますと、

時期はだいたい4~6歳頃
(毎度しつこいですが個人差あります)

読んで字のごとく、数への興味が高まる時期です。


数の敏感期につながる前段階の発達が

・秩序の敏感期/秩序感(人間の傾向性)
・感覚の敏感期
・正確さを求める、数学的思考(人間の傾向性)
などです。




数の認識の進み方は

数量と音の認識(1個2個など)
→数字の認識(1、2という数字の形と音が結びつく)
→数量と数字が結びつく

という順番です。

幼いうちは、言葉で数を数えられても
数字の表す量を実は理解していないこともあります。
それも、経験から少しずつ自己訂正されていくので
その場で「違うよ」と直す必要はありませんが、
「数えてるけど、まだ意味は理解してないな」
という大人側の認識は必要かもしれません。


時間軸に関しては
言語の敏感期も手伝って
「きのう、きょう、あした、あさって」
「今日は9月2日」
とカレンダーを見て確認したり
日ごろの会話の中で
時間軸の言葉を使って話すことで
子どもの認識を徐々に深めていくことができるので
ご相談者様が日々されていることを
そのまま続けて下さい。


余談ですが
小さい子(年少さんくらいまで?)は
いったん寝ると、寝る前のことは「きのう」になるようです。

お昼寝明けに
「きのう、こうえんいったの」
などと話すのですが、
よく聞いてみると
その日の午前中の話だったりして、
そんな言い間違いもとてもかわいらしいです。
(これも特に強く訂正はせず、
「お昼寝の前に行ったの?」などとこちらが言いかえて聞くようにしています)


<時計の読み方・使い方>

一般的には、時計の読み方は小学校に入ってから習いますが
モンテッソーリ園では、日々のお仕事の中で
数の敏感期を迎えて
二桁の数の量と数字が一致して、
飛びの数(一目盛りで5など)が認識できた子どもには
時計のお仕事も提供されます。


私個人の超・リコメンド商品は
「ふんぷんクロック」。
(最後にリンク貼っておきます)

長針と短針の目盛りが分かれているので
時計の1=5分
が目で見て分かる優れものです。


ただ、気をつけてほしいのは
時計が読めるようになった
=時間に合わせて計画的に行動できるようになった
ではないということ。
そこはもうひとつ、上の能力が求められます。


こういうものや
前述の時計の絵やおもちゃの時計を使って
日々の生活の中で、時計が読めるようになってくると
時計に合わせて行動するのが楽しくなり
徐々に、時間軸に合わせて行動できるようになっていきます。
そこから、見通しを立てて行動することに繋がっていきます。



以上、思いつくままにつらつらと書いてみました。

お子さんの発達とともに
できることや必要なことがまた変わって来るかと思いますので
そのときはまたコメント欄からお知らせください。



Q. おうちの環境の整え方 絵本について

おうちの環境の整え方、
追加質問のうちの3つめです。
絵本の選び方について。


>下のお子さんが3歳を過ぎるまでは、できるだけ現実に即した内容の絵本を置いてあげましょう。
>3歳過ぎる頃から、現実とファンタジーの区別がつくようになってきます。
(という記載に対して)

【ご質問】

現実とファンタジーの区別がつかないと、何かよくないことがあるのでしょうか?
ベッドが夜は空飛ぶロケットになることを想像してわくわくするのは、
現実とファンタジーの区別がつかない子どもの特権な気がしていました。



【回答】

今回は、賛否分かれる内容になるかなと思います。


幼い子どもにも、まず現実を伝える理由は
「 自然な発達の道筋において
 最初の6年間で、子どもは環境を吸収して自分の土台を作るので
 その過程で混乱しないようにするため」

です。


人間の赤ちゃんというのは
お腹の中で聞いていたお母さんお父さんの声や心音、
お母さんのにおいなどの
多少の拠り所はあるものの
あとは全く分からない、
これから生まれ出た世界に適応していく
という状態で生まれてきます。


生まれてきた後の周りの大人の反応や対応、
自身の発達の特徴
(秩序感や各種敏感期、無意識に吸収する働き)をもって
自分のいる世界を認識して、
人格の基礎を作っていくわけなんですけども


そもそも、敏感期や吸収期が
人生最初の6年間にしかないのは

とにもかくにも、
自分のいる世界を認識して適応していくため
なんです。


適応ってどういうことかといいますと、
「こうしたらこうなった」
「じゃあ次はこうしてみよう、そうしたらこうなった」
という小さな原因と結果を
無意識のうちにも意識的にもいっぱいいっぱい集めて
脳や神経、筋肉、心を発達させていくその過程です。


動きの面でいうと
「手を伸ばしたらモビールに届いた」
「身体をひねったら寝返りできた」
「膝を曲げて足先で地面をけったら、前に進んだ」
とか、できるようになっていく動きのひとつひとつに
赤ちゃんにとっての「原因と結果」が含まれているわけです。


言葉の面では
「何か気持ち悪くて泣いたら、お母さん(周りの大人の人)がやってきてオムツを替えてくれた」
「『あー』って言ったら、周りの人が笑った」
「『まんまんまん』っていったらご飯がでてきた」
など、これも子どもの中の原因と結果が
たくさん集まって、母語を話せるようになるのです。


「動ける、話せる」という肉体的な発達だけでなく
その小さな原因と結果の中に
達成感や満足感、次へのチャレンジ精神が少しずつ育まれて
生きるために必要な2本の精神的な脚
・この世界は自分にとっていいところだという「世界への基本的信頼感」
・自分は存在していい人間だ、がんばればできるようになるという「自分への基本的信頼感」
も育まれていきます。


特に3歳頃までは
この動きと言葉の獲得によって
単なる生物学上の人間の赤ちゃんから
「個」としての人間になっていきます。

さらに6歳頃までかけて
自分の家族や地域、国といった
コミュニティの一員としての人間になっていきます。


この適応の過程の中で
特に無意識的吸収期にある3歳未満の子どもは
ファンタジーをファンタジーとして区別して認識することはできません。

現実世界がそういうものなんだという捉え方をします。


その結果、何が起こるかというと

「こうしたらこうなった」
という原因と結果の因果関係が混乱して
子どもが正常化しにくくなります


具体的に言うと
・自分や人や物を傷つけやすくなってしまう
・目の前のことに集中しにくくなってしまう

ということが起きてきます。



すごく分かりやすい例えでいうと、
物語の中で、高いところから飛び降りても怪我1つしないというよく出てくる描写を見たあと、真似をして飛び降りてケガをしてしまう
というようなことです。


「こうしたら(現実の世界では)こうなる」
の因果関係が、ファンタジーの中では保証されません。



この記事を書いているときに
ちょうどアンパンマン論争が起こって
ちょっと書きにくくなってしまったのですが(汗)

(なので書き直しも含め、お答えに時間がかかってしまいましたすみません)


実際に幼い子どもといると
「あんぱんち!」と悪気なく人をたたいて
ケンカになったり泣かせてしまったり
ということは、本当によくあります。


大人相手なら
しつけの良いチャンスとしてもとらえられるので
まだいいのですが
(でも怒られる機会が増えてしまってちょっとかわいそうだなとも思います)

幼い子ども同士だと
そういうわけにもいきません。


もちろん、そこでも大人が介入して
「人はたたかないんだよ」
ということは伝え続けるのですが

アンパンチ=楽しいことだとインプットされた子どもには
「人はたたかないんだよ」
がなかなか伝わりにくいのもまた事実です。


物の取り合いなど、自分に不利益が生じた場合に
言葉で伝えるより先に「たたく」というのとは
またちょっと違ってくるのです。


自分が楽しくてパンチした
→相手が怒った/泣いた/やり返してきた
ことで、
テレビでインプットされた原因と結果の因果関係が
現実世界で通用しないので、子どもは混乱します


「あれ?こっちは楽しいのに
 相手は泣いてるし僕は怒られるし、
 なんでだ???」
というような、戸惑いの表情を見せることもありますし、
止めても止めても
「だって楽しいんだもーん」
とばかりに繰り返し、全然伝わらないことも数多くあります。

そのくらい、映像の影響は強いです。


大人のように
アンパンマンバイキンマンを懲らしめることはするけど
 それ以上のことはしない。
 それは、バイキンマンの『したこと』は悪いけど、
 バイキンマンの存在を否定しているわけではないから」
という深いい設定までは、
無意識的吸収期の子どもは残念ながら読み取れないので
見たもの聞いたことをそのまま再現しようとします



また、デジタルメディアを頻繁に見ている子どもは
デジタルメディアがない保育園などの環境でも
周りに少しの刺激があるとすぐそっちに行ってしまい
目の前のことに集中しにくい傾向がある

とも感じています。

正常化からは程遠い状態です。


映像の刺激はとても強いので
その残像の中で自分が行動しているような
VRをつけて動いているような
統合されていない動きを見せます。


それによって、自分が室内で走り回ってぶつかってケガをしたり
周りの人にけがをさせたり
ヒーローになりきって高い所から飛び降りてみたり
(そしてケガをしたり)
ということもあります。


ここまでいかなくても
頭の中の空想の世界に生きていて
目の前の活動に集中しにくい
姿は
よく見られます。


多くのモンテッソーリ園で
「テレビやスマホ漬けにならないように
 おうちでも努力してください」
とお願いするのは
こういう子どもの状態を見ているからです。


せっかく、子どもが興味に沿って自由に没頭できる環境があっても
それ以前に子ども自身が没頭しにくくなってしまうのです。


脳に残った強すぎる刺激により
本来ならば子どもの自然な興味や発達を引き出して導いてくれるはずの環境に
子ども自身がなかなか届かないのです。

すごくもったいないなと感じています。


一見、同じように見える子どもの「楽しい!」も
バーチャル体験による興奮状態と
現実に根差した活動による深い喜びとでは
脳神経の働きも、筋肉の働きも
心の状態も大きく異なる

子どもを正常化させるのは
現実に根差した、身体と頭と心を使う活動だけ

というのが私たちモンテッソーリ教師の認識です。



もちろん、日々の子育ての中で
「ここはどうしても動画の力を借りないと無理…!」
という場面はあると思います。
(子育て環境がなかなかアレなこの国ではなおさら)


そういうときも
ダーウィンがきた!」的な自然環境や
クッキングなどの現実的な動画にしたり、
「電池がなくなりそうだからおしまいね」と時間を短く区切ったり
大人も一緒に見て、会話を楽しんだり
という工夫をしながら、


せめて、環境を丸ごと吸収して自分の土台を作る3歳までは
現実の世界の中で
「こうしたら、こうなった」
という現実的な因果関係を
実体験をもって知る、という方を
優先させてあげてほしい
と思います。


で、ご質問に戻って
絵本の話をしますと
(だいぶ逸れましたね、ごめんなさい)


絵本は静止画ですし、
基本、親御さんが読み聞かせて一緒に楽しむものなので
動画や映像のファンタジーほど刺激は強くないものの、
その中の因果関係を見たまま聞いたままに吸収して再現する子どもの働きは変わりません。


子どもの土台を作る、子どもに吸収される環境の一部として
3歳未満のお子さんには
まずは現実を伝えるものを選んでいます。



3歳前に、現実に根差した活動をたくさんした子どもは
3歳以上の意識的吸収期に入ると
ファンタジーの世界観は楽しむけど
現実はそれとは違う、そっちも両方楽しむ
という意識して区別することができるようになってくるので、

素敵なファンタジー作品を与えてあげて
一緒に楽しんでほしいなとも思います。



決してファンタジーを否定しているのではなく
控えた方がいい時期と、与える時期がある
ということです。


ただ、この「3歳までは現実を」という点に関しては
現役のモンテッソーリ教師ですら
なかなか納得できない人もいて
故に賛否が分かれるところです。

国際コースでは
ことあるごとに、強く繰り返し言われることでもあります。


私自身は
ファンタジーやバーチャル体験が
100年前の、モンテッソーリさんが生きていた時代よりも
はるかに増えてきた今の世の中だからこそ
地に足をつけた、現実に根差した活動を
子どもともっと楽しみたいという思いです。
(現実の活動が子どもの言動を正常に引き戻してくれる現場をよく見ているのもあります)



長くなった上に
何なら途中、絵本の話じゃなくて
動画の話になってますけど(汗)

今から書き直すとまた時間がかかるので
このままあげてしまいます!
納得いかない点などありましたら
ご遠慮なくお聞かせください。

Q. 2歳半 共感しても、よけい反発します

「おうちの環境/絵本について」
「時間の伝え方」
についてご質問いただいているのですが
(お返事遅くなっていてごめんなさい)

こちらの質問の方が
緊急度が高そうだったので先にお答えさせて頂きます。



【ご質問 2歳半 男の子】

息子への共感のしかたに悩んでしまいます。

最近は自己主張がハッキリし、
成長って凄いなぁと感心しつつも、
今までのような「〜したいんだよね」の共感では通じなく、
むしろ共感なんかいいから俺のやりたいようにさせろ!
と言わんばかりの「いいの!」となってしまいます。

例えば、
保育園で車で行く時に「行きたくない!」
私「○○は保育園行きたくないんだよね〜」
息子「いいの!」
私「ママと離れるの寂しいんだよね〜」
息子「いいの!」
私「……:( #´°ω°` ):イラッ」
息子「いいの!いいの!」
私、無言で保育園へ送る……。

息子もまだ言葉がペラペラと話せる訳ではないので、
自分の気持ちを言葉に出せなくてイラだたしいのは重々承知ですが、
私も魔法使いではないので正直参ってます。

なので最近は共感より、
息子「保育園行きたくない!」
私「じゃあ家で1人になるからね、誰も遊んでくれないよー」
息子「いいのー!涙」
と脅して動かす感じになり、とても自己嫌悪で、
こんな母親で息子が可哀想だなと思います……

一応モンテッソーリを基盤にしたスクールの講座など通ったりしますが、
こちらでももしご意見を聞けたらなと思いメールさせて頂きました。


【回答】

子どもが成長するにつれて
今までの関わり方が通用しなくなってきた
というのは、
大人も変わる必要が出てきたというサインです。


このお子さんの場合は
イヤイヤ期のピークを迎えて
親御さんも大変な思いをしている最中です。


イヤイヤ期のことを、モンテッソーリ教育では
「自己肯定の危機」と呼んでおり
人間の発達の中で、自立に向かう大切な節目です。


自分という存在が、周りの人とは違う別の存在だということに気づき
それを確かめるように
言われたことすべてに「イヤ!(この子の場合は「いいの!」)」
と返す時期
です。


なので、この時期の子どもにとって、
「イヤ!(いいの!)」は自分の存在を再確認する手段であって
本当に嫌な場合もあるけど、それほど嫌でない場合もある
(ただ言いたいだけのときもある)

ということを、頭の片隅に置いておくと
大人が少し楽です。


何が言いたいかと言うと、
「言葉通りの意味じゃないときもあるから
 子どもの言うこと全部に共感しなくてもよい。
 共感しつつ、少し受け流しても大丈夫
ということです。笑


言葉尻通りの意味でまっすぐ捉えすぎると
大人が疲れますよね。
私も疲れます。笑


保育園の例でしたら

「そうか~、行きたくないのか~」
と一度受け入れた後に「いいの!」と突っぱねられたら
あとは「そうなんだね」くらいに受け流し、
そのかたわら粛々と出かける準備を進めて大丈夫です。


「いいの!(怒)」の状態のときに
いろいろ声をかけると
火に油状態になることも少なくないので
共感も含めて声かけそのものを減らす
というのは一つ、改善に向かう方法かもしれません。



そしてさしでがましくてごめんなさい、
もうひとつ、どうしても引っかかるのは
「~なんだよね」
という語尾です。


共感は確かに大事です。


でも、「~なんだよね」
と言う言い回しは、
「もしかしたら(合ってるしれないし、違うかもしれないけど)こういうこと?」
という子どもへの確認の意味合いが抜けてしまっていて
「あなたの気持ちはこうなんでしょ」
という、大人からの決めつけのようにも聞こえてしまうのです。


そしてその決めつけが
子どもをいらだたせる原因の一つかもしれない
のです。


あなたの気持ちは、あなたにしかわからない。
だからこそ、確認させてもらえると、こちらも安心できるし
なによりあなたに共感したいんだよ


と気持ちでいると、
「いいの!」と言われたときに

「そっか、いいのか~」
(子どものセリフをそのまま反復して「聞いてるよ」を伝える)

「ママと離れたくないのかなぁ」
「あのおもちゃでまだ遊びたかったのかなぁ」
(ひとりごとのような疑問形での確認)

など、違う言い回しが出てくるのではないかな、と思います。


そうやって共感しつつ
「行きたくないのか~
 でも行くんだよね~笑
 帰ってきたらまた遊ぼうね~」
と、やらなければならないことは嫌でも暴れても淡々と進める


みたいなスタンスで
子どもの全部を受け止めようとせず
右から左に受け流すすべも
少しずつ身につけていけるといいのかなと思います。
(イラっとしたらムーディー勝山を思い出してください)




以上、
「いいの!」となってしまったときの対応のしかたを
思うままに書いてみました。


それと同時に
「いいの!」以外の場面で
やってみてもらいたいことが3つあります。
(すでにやっていらっしゃるかもしれませんが)


1.どういう状況で「いいの!」となるのか観察してみる

ご自身でもお子さんをよく観察してみると
「いいの!」が出やすい状況や場面が見えてくるかもしれません。

それが見えてくると
「いいの!」と言わせない対策も取りやすくなります。


例えば、
「保育園行くよ」の声かけの直前に子どもがしていたことを観察
→それを中断されたから「いいの!」

なのかもしれませんし、
ただ単に、眠いから機嫌が悪いだけかもしれません。


理由が分かると、それを取り除いたり予防したりできるので
「いいの!」を少しずつ減らせるようになります。
そのための観察を、1日5分でいいのでしてみて下さい。


2.あらかじめ伝える

保育園の例なら
「時計の長い針が4に来たら出るよ」
(数字が分からないお子さんなら印をつける)

などと、直近の予定をあらかじめ伝えておいて
「子どもと約束しておく」と
うまくいく場合もあります。
(ということは、うまくいかない場合もあるということです笑)


3.選択肢を与える

「保育園に行くよ」
という声かけだと
エス/ノーで答えられるので
イヤイヤ期の子はだいたいノーで答えます。笑

「今日はどの靴で保育園に行く?」
と、あくまでも行くスタンスは変えず、
その中で子どもが自分で選ぶ場面を作ることが
効果的な場合もあります。

この場合は
その時点での子どもの選択を尊重することが大切です。

ここで大人が、子どもの選んだものを否定すると
よけいこじれます。苦笑

極端な話、
長靴を選んだら晴れていても履いていかせる
(そのかわり、外遊び用のスニーカーは大人がこっそり持っていって園に置いておくなど工夫する)
ということです。




この3つをやってみて
それでも「いいの!」となるようでしたら
「私はできることはやった、がんばった」
とご自分を認めてあげて
あとはお子さんが泣こうがわめこうが
やるべきことを粛々と進めていってください。←こればっかり笑


「ダメなものはダメ」
「やらなきゃいけないことはやる」
という制限があって
その中で子どもが最大限に自由に過ごす
というスタンスの教育法なので
私も含めてそこはとても厳しいです。笑


(といっても、そんな大げさなことではなく
「外遊びから帰ってきて手を洗う」
とか
「ずっとトイレに行ってないからトイレに行く」
とか
生活の中で最低限当たり前のことだけですが
そこで大暴れするのがこの時期の子どもたち…笑)




ここから先は、別の話になります。


例が保育園に行く行かないの話だったので

「本当に行きたくない場合もあるな…
 園生活で何か嫌なことがあるのでは…?」

という可能性がゼロではないのかも
とも感じました。

おそらく違う
(園に行く行かないだけでなく、多くの場面で「いいの!」となる)
んだとは思いますが

そこはお子さんの様子をよく観察して
心配ならば園の先生に
今のお子さんの様子をお伝えしてみてほしいなとも思いました。

「家ではこうなのですが、園ではどのような様子でしょうか」

と一言(連絡帳でも口頭でも)伝えてもらうだけで、
保育園の先生としても
家の様子と照らし合わせて、総合的に判断して答えることができますし
園での様子の見方も少し変わってくるかもしれません。


もし、「園ではとても楽しそうです」
「特に変わった様子はないです」
というお返事だったら、何の問題もないので
「いいの!」への対策を、日々の生活の中で探して見て下さい。



長くなりましたのでまとめです。

・「いいの!」と言いたいだけの場合もあるので受け流してもOK
・共感の言い回しを「~なんだよね」じゃないものに変えてみる
・共感も含めた声かけを最小限にしてみる

・子どもを観察して、どんな状況で「いいの!」が出るか分析
・あらかじめ伝えて約束しておく
・子どもが選べるようにしておく

・「園に行かない」があまりひどいようなら園の先生にも相談して、子どもの生活を総合的に判断する


もし改善されない場合は、またお知らせください。

Q. おうちの環境の整え方 おもちゃの数について

「おうちの環境の整え方」の回答に対して
複数ご質問頂いた中の、2問目です。


>6種類を目安に、お子さんがよく遊ぶものを中心に置いてみて下さい。
(という、おもちゃについての記載に対して)


【ご質問】

6種類の中に、お絵かき道具、工作道具なども含まれますか?
置くものをローテーションしようかなと思うときの
子どもの様子で参考になる例がありましたら教えていただけますか?
二人兄弟ですと、全部で12種類でしょうか、
それとも、兄弟合わせて6種類でしょうか。


【回答】

実はこの6種類に関しては、
私も書きながら迷ったところですw


モンテッソーリ教育はいつも、
答えではなくヒントをくれるのみなので
最終的にはこちらで考えなければいけないのですが


お子さんが「自分で元の場所に戻せる」量と種類


というのがポイントなのかなと思っています。

 

で、このご相談者様の場合は
下のお子さんが1歳代なので


・何でも引っ張り出す→散らかる
・上の子のすることを真似したがる
・ひとりでは元に戻せない


ということも鑑みて、玩具や教具の環境を整えなければいけません。


これも、私ならどうするかな
という経験論でしか書けないのですが


まず、お絵かき道具・工作道具は、それ専用のスペースを確保します。
(ビニールマットを敷いた机やイーゼルなどの近く)



そして、

・上の子しか使えないもの(色鉛筆や折り紙、ハサミなど)
・下の子も触っていいもの(蜜蝋クレヨンや厚紙、ビニールエプロンなど)

に分けてセットして
上の子のものは上の子しか届かないところに置き
それ以外は下の方に置くようにします。


粘土もこのエリアに置きます。



それ以外の玩具は
少し離れた棚に置きます。


この2つのエリア(工作系と玩具)が近すぎると
ちょっと目を離した隙に
クレヨンでレゴを塗ったり(実例w)
粘土をミニカーに詰めたり(実例www)
大人にとってはあまり好ましくないことをする可能性があるので
できるだけ離れたところに設置した方がいいと思います。


おもちゃの種類については
2人で12種類だと、すごく散らかりそうなのでw、
私なら工作系を含めて、
2人で6〜多くても8種類までに留める努力をします。



その代わり、玩具は
・上の子も下の子も遊べるもの
・発展性があるもの
を厳選します。



具体的には、これも完全に個人の好みですが

・カプラ
・レゴ(大きさに注意)
・ソフトブロック
・マグネットフォーマー
・レンガ(ドミノ)積み木
・ミニカー
・電車とレール
・人形とお布団、おんぶひもセット

などを
お絵かき・工作・粘土などと合わせて6〜8種類になるように
ローテーションして置きます。
(もちろん、お子さんが好きなおもちゃで他にあれば、リストに入れてくださいね)


例えばマグフォーマーなら
小さいときはくっつくこと自体が楽しくて
平面状のものばかり作っていたのが
年齢が上がるにつれて立体を作り
それをさらに組み合わせて新幹線やおうちを作ったり
小学校に上がったら幾何立体の展開図を理解するのに一役買ったり
と、だんだん発展していくので
ひとつのおもちゃで異年齢の子どもが同時に遊べて、
しかも長く使えます。



もちろん、下のお子さんにしか興味が当てはまらないもの
(簡単なつまみつきパズルや、「落とす」教具など)
を置いておいても構いません。

でも、上にも書いた通り
自分一人では元に戻せないのと
おそらく上の子の真似をしたがるので
やっぱり二人合わせて6~8種類程度がちょうどいいのかなと思います。


この他に、
掃除や洗濯、クッキング、動植物のお世話など
大人と一緒にする活動を組み込む形です。



ローテーションの基準としていちばん分かりやすいのは
おもちゃ(またはその入れ物)にホコリがたまってきたとき。

そこまでいかなくてもw、
何となく見ていて、
「あぁこれもう、あんまりさわってないな」
と感じたら、それは一旦しまって
別のおもちゃと交換します。


同じおもちゃでも
しばらくしまっておいてから再び出すと
もう一度新鮮な気持ちで取り組めるようです。



園でも、夕方は小さい子から年長さんまでの合同保育となることが多く
レゴやカプラ、ミニカーなどのおもちゃを一緒に使うことになるので
すぐ取り合いになったり、他の子が作ったものを壊してしまったりと
なかなか大変ではありますがw、
それでも、幅広い年齢の子どもたちが同時に遊べるおもちゃというのは
やはりありがたいものです。

何か少しでも参考になりましたら幸いです。
(他に何かおススメのおもちゃがあればぜひ教えて下さい~)




Q. おうちの環境の整え方 色調について

ご質問頂いていたのに、空いてしまってすみません。


以前、おうちの環境の整え方についてご質問頂いた方から
追加でいくつかご質問を頂いてますので
ひとつずつお答えします。
(個人的に答えやすいものからにさせて頂きますね)


【ご質問】
 
モンテッソーリの相良先生の本で
子どもにはピンクがいいと書いてあった気がしたのですが
色調がシンプルなほうがいい、
ピンク単色がおすすめ、
カラフルがいいなどありますか?

“魅力的で美しく”であればなんでもいいのかもしれませんが、
“美しい”って難しいです。。



【回答】

「魅力的で美しい」って
確かにとても主観的ですね。笑

色に関しては
どの色がいいか、というのは
その人個人の好みや
地域や国の文化に左右されるところがあるので
一概にどれがいい、と言い切るのは難しいのですが


お部屋全体のトーンとしては
シンプルな淡色がいいと思います。

理由は2つ。


1. 教具、玩具が映える背景としての色
2. 子どもを過度に興奮させない


相良先生がピンク推しなのも、そのような理由ではないでしょうか。

上の2つを満たす色ならば
ベージュ、淡いクリーム色、薄い水色や緑色など
お好きな色でいいと思います。


ただ、真っ白のお部屋は
心理学的には不安を駆り立てる
とどこかで見たことがあり、
個人的にも病室を彷彿とさせるので納得しています。
(出典が曖昧でごめんなさい)


私個人的には、インテリアでは
木や籐や竹などの
自然素材のぬくもりを感じられる色が好きなので
それらの色をベースに、
季節で入れたい色(夏なら寒色系、冬なら暖色系)
を足していけるといいな〜と思っています。
(いいな〜 の時点で今現在できてないことが分かりますねw)



個人的には
色調にも関わってくる要素として
「素材選び」がとても大切だと思っています。


モンテッソーリの子どもの環境を考えるときに
「子どもサイズ」
「本物」
はよく取り上げられるのですが


それと同じくらい
「自然素材」
というキーワードがよく出てきます。


実際、今まで見たモンテッソーリの環境で
「ここ、素敵だな」と感じたところは
自然素材の使い方がとても上手でした。


子どもだけでなく、大人も気持ちが落ち着いて
地に足をつけて作業に取り組める、そんな作用がある気がしました。




自然素材は、同じ物の中にも
濃淡のムラがあって
色の出方が均等でないので、味わいがあります。



コットン、リネン、ジュート、
ウール、シルク、革、
木、籐、竹、石、陶器、ガラス、
ホーロー、ブリキ、シルバーなど


それぞれの素材に
それぞれの色味だけでなく
異なる手ざわりや温度があります。


また、使い込んでいく中に
単なる汚れや劣化ではない、
独特の味わいがでてきます。



プラスチック製品は
最初のうちはきれいでも
だんだん薄汚れたり色褪せたりして
劣化したら、もう魅力的ではなくなってしまいます。
そしてゴミになってしまいます。



最終的に
「宇宙の中の、地球上で暮らす人間」
として、
自分や自分の生まれ育った環境を大切にしながら
他人や他の国や地域の環境とどのように調和しながら生きていくか
を考え実行していく人を育てる教育でもあるので
そういった意味でも「自然素材」は大切なキーワードのようです。


(あんまりここを強調すると
 引いてしまう人もいるからなのか、
 日本ではあまり強く言いませんが
 国際コースではかなり重要視されている印象を受けました)



これだけプラスチックが溢れている今の生活で
自然素材のみで生活するのは
なかなかハードル高いですが、


・これから購入するものは、プラスチック製品でないものにする
(ジョウロやバケツをプラスチックではなくブリキのものにするなど)
・一度買ったプラスチック製品はできるだけ長く使う
・目につくところは自然素材を使い、見えない所の整理にプラスチック製品を回す


などの工夫で、
大人にも子どもにも魅力的なお部屋を作っていけるのではないかと思います。



また、モンテッソーリさんは
子どもが生まれ育つ地域や国の文化を
とても尊重しています。


日本だったら
木造家屋そのものや
障子紙、畳、すだれ、
ほうきとちりとり、雑巾なども
我が国特有の文化のものです。


今のライフスタイル自体がかなり西洋化しているので
これもまた、時代に逆行する形になるのかもしれませんが

日本の夏の高温多湿、冬の低温少湿(っていうのかな?)
に合ったものとして
畳や木が今まで使われてきたことなどを鑑みれば
理にかなっている部分もあるのだと思います。


普段の生活の中で、
ムリのない範囲で
自国の文化を伝えられるような
魅力的な環境を作っていきたいものです。




色調の話からだいぶ広がりましたが、
色調も含め、子どもを取り巻く環境を
特に6歳までの子どもたちは、丸ごと吸収して育っていくので
(感覚の敏感期や秩序感にも影響しますね)


子どもも大人も落ち着ける環境を目指して
試行錯誤していこうと思います。
(ウチの場合は、物を減らすところからかな〜…)