モンテッソーリloverのブログ

モンテッソーリ大好き教師の綴りごとです。

モンテッソーリ教育だと社会性が育たない?

先日、↓のお二人の対談があり、わくわくして参加してきました。

木村泰子さん
大阪の公立小学校の元校長、特別支援学級不登校もない「全ての子どもが安心して学べる」教育現場を9年間で体現。

リヒテルズ直子さん
オランダのイエナプランを日本に紹介した第一人者。


最初に、イエナプランとはどういうものかの説明があり、その後お二人の対談。

今の教育現場は「子ども」が主語になっていない、子どもを主語にするだけで、学校は大人にとっても学びの場になる。

最終的に大人がいなくても、子どもたち同士で問題を解決できるように大人は子どもの育ちをサポートしていく。
教師の目指すのは「透明人間」。

今までの学校では「間違わないこと、失敗しないこと」を叩き込まれてきた、結果、失敗した者への「排除」文化ができた
でも本来、学校は、失敗したときにどうやり直すか、その練習の場。そして「失敗しても、それを受け入れてやり直せばいいんだよ」ということを伝えていく場。

障害児と健常児という分断は大人が作っている。本来、社会に出たら多種多様な人たちがまぜこぜで過ごしている。
そのまぜこぜの社会の中で自分はどのように生きるか、どのように他者を尊重しながら自分という存在も活かしていくか
こういうことを知る過程に義務教育があるはず。


などなど、
そうそう!そうだよね!この辺モンテッソーリと一緒!大きな接点!
手段が違うだけで、イエナプランだろうがモンテッソーリだろうがインクルーシブ教育だろうが、純粋に子どもにとっていいものはいい!ってことだよね!

とわくわくして聞いていました。


でも、たった1つだけ残念なことをおっしゃっていたのが、
タイトルの「モンテッソーリ教育だと社会性が育ちにくい」という趣旨のこと。


···え〜っと、何かエビデンスあります?


そんなこと言ったら(こんな時ばかり名前出して申し訳ないけど)、GoogleAmazonウィキペディアFacebookの創設者、オバマ前大統領、アンネフランク、藤井五段といった方々に社会性が育ってないということになりますが。むしろ逆の方に思えますが。


あの、モンテッソーリに対する批判を受け入れない訳ではないですよ?そして誤解が多いことも重々承知してます。そしてイエナプランも素敵な教育だから、これから少しずつでも学びたいなとも思ってます。

確かにモンテッソーリ教育は、教具や教師の専門性が先行して、条件が揃わないとやりにくい教育法ではあるな〜と、モンテッソーリを学んだ私ですらちょっと感じますし。

ただ、モンテッソーリで育った子どもたちに、社会性が育ちにくいというのは、今まで関わった子どもたちだけ見ても、そんなことは全くないと言い切れます。


おそらく、モンテッソーリの現場を瞬間的に捉えたイメージでおっしゃったんじゃないかと思うのですが、
「分断を作るのは大人のレッテル貼り」っていう話をしている人が、よく知らない段階で、こういう悪いイメージを植えつけるようなことは言ってほしくなかったなぁ、、、
子どもにとっていいものと信じてやってる私たちがモヤモヤするやん。何ならその人を通してしかイエナプランを知らない段階なんだから、イエナプランそのものに対してもモヤモヤしそうになるやん。そこは分ける努力はしますけども。イエナプランも学びますけども。
そもそも社会性が育ちにくい、自分さえよければいい教育法なら、私ようやらんわ。



まぁでも、モンテッソーリを知ってもらおうとする努力がまだまだ足りないんだなと思いました。よく知らない人からはこういうふうに見えてるってことは。

モンテッソーリの環境の中で、社会性がどういうふうに育っていくか、今までの現場を思い出しながら書いてみればいいねきっと。


いつ書けるかな、、、←これや原因は