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モンテッソーリloverのブログ

モンテッソーリ大好き教師の綴りごとです。

制限のある自由

個人情報の漏えいやSNSでのトラブル等を防ぐために
園内の撮影が禁じられている今の職場。

職員が撮影して園内に張り出したり
各家庭に写真を配ったりするのはOKですが
保護者が撮影することは固く禁じられています。

(…まぁここまでは何となくわかる)←心の声


そしてこれ、
運動会でも例外ではありません。
撮影禁止です。

(えっダメなの?)←心の声

となると、案の定
保護者からの反発が来ます。

(私もそこまでは…と)←しつこいけど心の声

「自分の子どもが頑張る年に1度の姿を記録に収めたい」
「遠くに住むおじいちゃんおばあちゃんに動画を見せたい」
「他の園は撮影OKなところもたくさんあるのに、なんでダメなのか」

と撮影の許可を園に求めます。
それで園側は悩んで
外部のネット関係の偉い人をお呼びして
保護者向けの講演をしました。
その名も
「正しく怖がるインターネット」。

1時間の講演をざっとまとめると、

地球上の人間は5人以内で誰とでもつながる
という話から、

ネットで炎上すると100万人が集まってきて
その中に「あ、こいつ知ってる」という人が必ず1人は含まれる。
だからネットに匿名性なんてものはない。
必ず(しかも短時間で)身元が割れる。
しかもそれは永久に残り、
人生のここぞというとき(進学、就職、結婚時)に蒸し返されて
自分の足を引っ張り続ける。

というホントにあった怖い話、

ネットは現実世界と同じ、
もっと具体的に言えば玄関の外側。
「その内容、家の玄関に貼れますか?」
そこが載せるかどうかの判断基準、
それさえわかっていれば失敗しない。

もし万が一、失敗(炎上)したとしても
元ネタは消さずにその後の対応も併せて載せることで
経緯がわかり、対応力・人間力も併せて判断されるので
そちらの方がおススメ

というとてもわかりやすく面白い話でした。

個人的にはとても興味深く
「えっと、このブログは大丈夫かな…w」
と思い返すきっかけにもなりました。
(そして大丈夫と判断した)


で、おもしろかったのは講演後、
職員だけが残されて、
講演をしてくださった先生と質疑応答タイム。


Q:運動会での撮影禁止に、保護者の理解を求めたい。それも保護者との信頼関係は崩さずに。
A:信頼関係を崩さずに、というのは無理ですね。やるなら気持ちの面は汲まずに、法律に即して「私有地だから禁止です」などと淡々と伝えること。

Q:(運動会会場の)入り口で荷物検査をするのはありでしょうか。
A:…ぇええ―――――(絶句)そこまでやりますか。

Q:実際やったことがあるんですよ、別のときに。そしたら怒って帰られた方もいて。
A:…そうでしょうね。
Q:でもわかって頂きたい。だからスマホのカメラレンズに貼るシールを配ったり…
A:写真を撮りたいという他人の気持ちにふたをする方が、よっぽどハードル高いですし、隠れてでも撮る人は必ずいる。
だからいっそのこと「撮影は許可します。でも(場所取りやSNS上の)トラブルが起きたときは、園は一切の責任を負いません」と一言くぎを刺しておくというやり方の方が得策じゃないでしょうか。
Q:でもどうしても禁止したくて、そこを悩んでいる…(以下エンドレス)


もう、途中から笑いこらえるのに必死でした。
怒りとか呆れる感情とか通り越して。


どうしても保護者の行動を管理したいんだな~って。
かつ気持ちは害さずに。
園への信頼感は崩さずに。


あの~ロボットじゃないんで無理です。


これだけ他人を自分の思い通りに管理したい方々が
「子どもの自主性を尊重するモンテッソーリをやりたい」
って…Why???


例えば、2~3歳の子どもがハサミを使うとき

あなたのことを信頼してるから
ハサミを使っていいよ。
でも約束は守ってね。

自分を大事にすること。
周りの人や物も大事にすること。

これはとても大切なこと。

自分と周りの人と物を傷つけないためのお約束
「ハサミを持って歩かない、歩くときはハサミを机の上に置くこと」
「刃の部分は触らない、触るのは柄の部分だけ」
「刃を人や自分に向けない」

というようなことを最初に伝えるわけですが、


この制限のある自由
大人どうしの関係にも当てはまると思うのです。

「撮影OKよ!
でもトラブルが起きたら当人同士で解決よろしくね☆」

でいいじゃんと思うわけですが、そう思わない人もいるんだな~
完全に就職先間違えた

他人から強制的に管理されたら反発するし、
自由が与えられたらその自由を全うするための制限は必ず発生する

という本質は、大人も子どもも関係なく同じだな

と改めて感じたわけです。


大人の都合で管理される側の子どもの気持ちになってしまった研修でした。
(イヤミか☆)