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モンテッソーリloverのブログ

モンテッソーリ大好き教師の綴りごとです。

子どもと対立したら、信頼関係ができているかどうかをまず確認したい

ということを、あかね時代の自分に伝えたい。
(タイトル変更しました)

この時期の子どもはこうである 
という理論や理想を振りかざしたり
子どもにこうしてほしい、これはやめてほしい
といった大人の要求が先に立つと、
子どもの今の姿が見えにくくなって
子どもと対立しやすい。

大人の思いはいったん置いといて
目の前の子どもの姿を丸ごと受け入れて信頼すると
子どもの方も大人を信頼してくれる。
結果、大人の要求が通ることも多く、対立しにくい。

というのを今の現場で実感しているからです。


以前出てきたトイレ練習中のHくんを例に。

ここで訂正があります。
前回の記事でHくんは3歳と書きましたが
実際は2歳半でした…
よくしゃべるし理解力もかなり高いので
3歳くらいだと勝手に思い込んでました。名簿見てビックリ。大変失礼しました。


で、その2歳半のHくん、
おしっこはだいたいトイレでできるようになったんですが
うんちはまだトイレではできなくて、パンツの中にしています。

担任のA先生は
「おしっこがトイレでできるんだから、うんちもできるはず!」
「親御さんは忙しくて家で時間がとれないから
せめて園では体験させてあげたい」
という思いから(と自分で言っていました)、

部屋でHくんがちょっと力み始めると
すぐ手を引いて立たせて、トイレに連れて行って、
うんちが出るまで座らせ続けています。
15~20分、長いときは30分くらいでしょうか。

で、結局出ないんです。

これ、Hくんにとって本当にいいことなのか、
ものすごく疑問です。
逆に拷問なんじゃないかなと。

他の子が遊んでいる間、
20分も30分もトイレに座らされてるHくんの
あの何とも言えない悲しそうな表情に
私も他の先生も耐えられなくて
A先生おかまいなしに
迎えに行ったことが何度かあります。
(その時のホッとしたようなお顔も何とも言えず)


私含む先生方の見立てでは、

Hくんは、トイレに座って力むのがまだ難しい。
逆にパンツ姿で自由な姿勢(いわゆるうんちんぐスタイル)のほうが力みやすくて、
安心して出せる、という印象があります。

つまり身体の機能的に、
トイレでうんちできるようには、まだなっていない
ということ。

でもパンツにしたあとは、必ず「出た」って教えてくれて
なぜか嬉しそうに一緒にトイレに行くので
今の段階ではパンツにうんちをする でいいんじゃないかと感じるわけです。

少なくとも、Hくんがトイレでうんちしてみようと自分で思うまで
待ってみてもいいんじゃないかと。

親御さんもそれでいいとおっしゃっています。
気長に待つつもりだと。
うんちがついたパンツの洗濯も全然苦にならないと。(すごい)


で、そんな生活を1ヶ月ほど続けた結果、

A先生がHくんをトイレに誘っても、反発して逃げるようになりました。
対照的に、パンツにうんちをするのを待っている先生がトイレに誘うとだいたい行きます。

これは、

パンツにうんちをする今のHくんをも、
まるごと受け入れている先生を
Hくんの方も信頼して、言うことを聞こうとする

という信頼関係ができているからだと感じます。


そしてトイレだけでなく
生活全般で、HくんはA先生の言うことを聞こうとしなくなりました。残念ながら…

これは、イヤな言い方になってしまいますが、
A先生がHくんとの信頼関係が築けていないから
だと感じるのです。

A先生の思いが強すぎて、理論や要求が先行して
Hくんの現状を否定しているから。


大人の理想や要求を押しつけるというのは、
今ある子どものそのままの姿を
無意識のうちに否定しているのと同じ
です。

子どもはそれを敏感に察知します。

そして、

ありのままの今の自分を受け入れてよ!

とばかりに反発します。


子どものありのままの姿を受け入れるというのは

大人の理想や要求をいったん横に置いて
子どもが自発的にやろうとするまで待ってみるとか、
子どもがやろうとしていることを邪魔しないとか
子どもが望んでいる環境を準備するとか

きれいな言葉で言えばそういうことですが

現実の世界では
トイレでしてみようと子どもが思うまで待つとか、
パンツにうんちしようとしているのをあえて邪魔しないとか、
その結果パンツがうんちで汚れるとか
大人にとって都合の悪いことにもなるわけです。

それでも子どもの姿~身体の機能の発達段階や心理面など~
が優先されて尊重された方が、
子どもとの信頼関係を築けて、
長い目で見たら大人にとってもいい結果になるのです。

だってこの状態が一生続くわけじゃないから。

Hくんだって、
「パンツにうんちついたら、気持ち悪いな。トイレでしてみようかな。」
と感じる時が必ずきます。

赤の他人である周りの大人は、
その時を楽しみに待つ、くらいでいいんだと思うのです。

そうやって子どもと信頼関係を作りながら
トイレに誘ってみて、一緒に行って
できたら一緒に喜ぶ。

それで充分なんじゃないかと思うのです。





えーとまぁつまり、A先生は過去の私という、はたから見れば大変おこがましい内容の記事になったわけですが…しかもA先生の方がだいぶ年上なんだけど…うんおこがましいね。そこは自覚あります。