モンテッソーリloverのブログ

モンテッソーリ大好き教師の綴りごとです。

どう手を使う 3~6歳 意識的吸収期

予告しといて書けてないシリーズ、笑
手を使う 3~6歳児編です。

だらだら書くのもいい加減アレなんで、
最初に結論を言いますと、

【生活に必要な手の使い方】

を習得することを、6歳頃までの子どもは求めています。

前半のいたずらも、子どもの中では「生活に必要な手の使い方」なんですけど、大人にはそう見えないだけ。

無意識に手を使う時代が終わると、今度は意識的に手を使うことを望みます。

具体的に、あかねで3~6歳クラスの子どもがしていることを挙げてみると;

・はさみ切り
・のり貼り
・紙を折る
・布を折りたたむ
・縫う
・編む
・ボタンつけ
・野菜を切る
・お茶を入れる
・食器を洗う
・花を生ける
・洗濯板で洗濯する
・アイロンをかける

などなど。
応用編としてホットケーキを焼いたりスイートポテトを作ったり、大根の即席付けを作ったり。

全部、生活の中で必要となる「手の動き」です。

包丁や縫い針、アイロンなど、子どもには危ないと感じるものも使います(もちろん使うまでにはそれなりの段階を踏みますが)。


い…いいなぁ~~~~~~~!!!


あ、失礼、心の声がだだ漏れでしたね。


何がそんなにいいのか、そもそもこんな小さな時期にこんなことさせなくても、子どもはもっと子どもらしくおもちゃで遊んでいればいいじゃないか

という声も聞こえてきそうなので、私の感じるメリットを思いつくままあげてみます。


・手を使いたいパワーがピーク

これはもう、私が手を使う時期を逃した話でも散々書きましたが、
とにかく手を使うなら、今でしょ!(懐)というのがこの時期。これ以降はめんどくさい感情の方が先に来ます。
手を使うことが楽しくて楽しくてしょうがない
そんなパワーを生かさないのはもったいない!
の一言に尽きます。


・本物を使って同じことがしたいパワーもピーク

こんなにおもちゃがあるのに、何で敢えてこっちの使ってるものがいいの?
って感じたことありませんか。

子どもは本物を求めているから。

そしてその本物で大人と同じことがしたいのです。

この欲求、止めるより生かしてしまった方が断然楽、むしろ止める方がパワー使うわ~
とは実際におうちでクッキングなどされている年中児のお母さん談。(しかも働いてるから土日に。すごい)


・この時期に習得した手の動きは一生もの

この時期に習得した動きは、
筋肉が記憶して一生忘れないそうです。
だから旬の時期を過ぎても、いつでも使いたいときに使いたいように使える。
子どもにとってこんな素敵なプレゼントは他にないと思います。例え本人は意識していなくても。


・手を使った分だけ脳の情報処理能力が高まる

これも以前述べましたが、

目(を始めとする感覚器)でキャッチした情報が脳に送られ、
脳がその情報を元に手(や身体)に指令を出す

この繰り返しで作業する中で、脳の情報処理能力がどんどん上がります。
地頭のよさが育つってやつです。地頭さえ育っていれば応用利きますからね。


・繰り返し練習するごとに上達する

スポーツと同じですね、練習した分だけうまくなり、次の難しいステップに進めます。


・自己コントロールかできるようになる

特にはさみや包丁、縫い針、アイロンなど、
一つ間違えればケガにつながるものを使うときは
周り以上に本人が慎重に、丁寧に、落ち着いて作業することが求められます。
ふざけたガチャガチャした気持ちでは使えないわけです。
こうした危ないものを扱う動きを通して、身体と心のコントロールができるようになっていきます。


・何がどう危ないのか、体験する

包丁の刃の部分が危ない
ということを知ったり、
刃が皮膚に当たったら切れて痛かった、血が出た
という小さなケガを、子どものうちに体験するということは
敢えて必要なことだと個人的には感じています。

もちろん、包丁の持ち方や切り方、添える手の置き方を正しく見せて伝え、ケガしないように大人が目を離さずしっかり見ていることは大前提ですが。

この小さなケガの体験が、
子どもの中に
「包丁は正しい使い方をしないと痛い思いをする」
という大きな印象を残します。

その印象がある子どもは、包丁を間違えた方向に使いません。(ここが一番大事!)


それでも敢えてこの小さな時期に包丁を使うのは、手の動きがまだしなやかで柔らかいから、逆に危なくないんです。

私のようにだいぶ大きくなってから包丁を持つと、
まず自分が恐くて全身がガッチガチ、
微調整が下手、せん切りは常に百切り(要は太い)
普通に切るときも「鈍行~、鈍行~♪」と言われ
(ちなみに母は特急)


話が逸れたので戻ります。


・自分のできることが自信になる

入園当時はどこか自信なさげな、おどおどビクビクしてたお子さんが
着替えが一人でできるようになったり、身支度がしっかりできるようになってきたと思ったら堂々としていた
なんてことはザラにありました。
着替えひとつとっても、多種多様な手と身体の動きが必要ですもんね。それが思い通りになるって、やっぱり嬉しいんだなぁ(実感こめまくり)


・自分の手で人を手助けできる

「人の役に立つ喜び」という、次元の高い喜びを知ることができます。いわゆる社会性の部分が育ちます。


・できない人をバカにしない、むしろ応援する

自分もできない時期があって、でもやりたいから何度も試行錯誤して、結果できるようになった
というプロセスを踏んでいるからこそ、
できない人の気持ちがよく分かるのだと思います。
だから
「大丈夫だよ、練習したら絶対できるようになるよ!」
という応援の気持ちが溢れてます。
これが優しさってやつか。


以上、私が思いつく限りの「手を使う」ことに付随する結果を挙げてみました。
これ、机上の空論でなく、すべて今までのモンテッソーリ園で自分の目で見て体感したものです。

こうやって書き出してみて改めて、

あかねの子ども、超うらやましい…!
私もあかねみたいなモンテッソーリ園に通いたかったよ…!
(やはり心の声だだ漏れ そしてこれ実際によく言っていた、笑)


そして具体的にどう手を使うか、がまだ書けないままいつもの長文に…(まぁ何となく予想してたけど)

たくさんありすぎるので、とりあえずハサミ編と包丁編を書こうかな(軽い予告)

今日は以上です。