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モンテッソーリloverのブログ

モンテッソーリ大好き教師の綴りごとです。

オムツがとれないと2歳児クラスに進級できないという今の園のルールに対して、モンテッソーリ理論で徹底的に抗いたい

ということを、ここ数日はずっと考えています。

なっがいタイトル通りなんですが、そして前にも書いたんですが、今の園には

「1歳児クラスの子どもは、おむつがはずれなかったら2歳児クラスに進級できない」

というルールがどうやら存在するようでして。
初めて聞いたときは驚きすぎて本気でポカーン状態

私個人としてはそのルールに違和感しかないし大反対なのですが、それが子どものためになると信じてやまない先生たちが大勢いるのが今の園の現状なので、
そうすることが、子どもの発達にどう影響を与えるかということを、モンテッソーリ含む発達理論に基づいて説明できるようにしておく必要性を今強く感じているわけでございます。
(説明したからと言って分かってもらえるかどうかはまた別の話ですが、それはそれとして)

モンテッソーリ教師養成コースの試験問題のようだ…


で、いざ考えてみると、主張したいことはある程度ぼんやり浮かぶんだけど、これを自分の言葉で理路整然と説明するとなるとなかなかうまくまとまらない。というわけで自分の勉強のためにもオムツが外れなさそうな子どもとその親御さんのためにも辞める前に全力出します。まとまり次第こちらで発表させていただきます!

「怒っちゃダメ」という呪いを解きたい2017

先日、高校の同級生とプチ新年会をしたとき、そこにいた人のほとんどが絶賛子育て中だったのですが

子どもを怒っちゃいけないと思ってはいる(んだけどどうしても怒ってしまう)」

子どもを怒ることに対して罪悪感を持っている人がとても多かったのが印象的でした。


っとちょっと待ってちょっと待って
子どもを怒っちゃいけないなんて誰が言った???


…と、世の中見回してみると、あぁそうね、確かに「怒らずに子育てする方法」とか「イライラにさよなら!子育て術」とか「お母さんもう怒らないで」みたいな子ども目線からのものとか、まぁそれはそれは山ほどある。私も過去にそんなこと書いていたな…と自省を込めつつ。


怒るってものすごくパワーがいるので、怒る側としてもできるだけ怒らずにいたい。できるだけ心穏やかに平和に過ごしたい。そのための「怒らずにいられる方法」とかだったら、むしろどんどん取り入れていいと思います。

でもそれがいつしか「どうがんばっても怒らずにいられない、私ってダメな親」というレッテルを自分で自分に貼ってしまっていた。自分で「怒っちゃダメ!」という呪いをかけていた。
(この呪いという言葉、「逃げ恥」由来ですがとても気に入っています)

それに気づいたら、その時点で「怒らない」ということをいったん手放して、「怒らないことを頑張る」ことをやめてしまおう!と思うのです。

なぜなら「怒らないようにがんばる」ことでよけい怒りたくなってしまうから。ダイエット中に甘いもの食べちゃダメと思ったらよけい甘いものに目が向いて今まで以上に食べたくなるのと同じです(そうか?)。



そしてこれはあくまでも私の持論ですが、常々感じていること。

そもそも子どもを怒っちゃいけないなんてことはない。


家族や親せきや園の先生など、子どもにとって身近な大人が怒るということは

「自分がどういうことをしたら相手がイヤな気持ちになるか」「どうしたら相手がイヤな気持ちにならず、じぶんのやりたいこともできるか」つまり価値観の違う相手とどう共生していくか

を子ども自身が考えて学んでいくチャンスでもあると思うのです。
(大人にとってもそのチャンスは一緒かも!と書きながら思いました。)


例)
・部屋でうるさく騒ぐ子どもにイライラして怒った
→自分では楽しいと思って騒いでいることが、周りの人は必ずしもそうでないことを知るチャンス
<こうとらえられたらもう一歩ふみこんでモンテッソーリ的発想>
室内ではどのくらいの声で過ごせばいいか、どこなら大声で騒いでもいいか、子どもが自分で考えられるような声の大きさや言い方に変えてみる(子どもが大声を出しているところにさらに大声をかぶせて怒るのってすごく疲れるし、大声を出す大人を見て育つから逆効果な気がするのです)

・部屋で走り回ったりソファから飛び降りたりして暴れまわる子どもをどなった
→自分がすることを同じ部屋にいる人がどう思うかを知るチャンス
<プラスモンテッソーリ的発想> 
どこなら走ったり飛び降りたりできるか一緒に考える&お部屋で集中して静かに遊べるものは何だろう?ブロック、粘土、パズル、切り紙、シール貼り、のり貼りなどなど


・公園で遊んでいて「帰るよ」と言ってもいつまでたっても帰らず「帰るって言ったら帰るの!」と怒りの形相で泣きわめく我が子を拉致するように抱えて帰宅。疲れる…
→大人が「こうするよ」って言ったら絶対そうするんだな…と子どもが感じ取るチャンス
<少し大きくなってからの応用>「帰るよ」に対して「やだ!」の一点張りで相手を怒らせるのではなく、「これだけやってから!お願い!」と交渉術を身につけられるようになるチャンス、自分で決めたことを自分で守ることを覚えるチャンス
<プラスモンテッソーリ発想>
・時計の針がいくつになったら帰るよ(目で見て分かる期限をあらかじめお知らせ*数字読める子限定)
・あと何をしたら帰る?(子どもに決めさせる
・帰ったら何して遊ぼうか。〇〇はどう?(今していることよりもさらに楽しいことを提案



まじめな人ほど「子どもを怒っちゃダメ」の呪いにかかりやすいのは、

怒る→子どもを傷つける、委縮させる、大人の顔色をうかがうようになる、子ども自身のやりたいという気持ち、自発性や主体性を阻害する、などのネガティブな結果ばかりを想定するから。ではないでしょうか。

でもこうして「怒っちゃダメ」の呪いが発生して、怒るのを我慢した結果、どこかで我慢しきれなくなって爆発、自分でも止められなくなる。

これを、怒る→子どもに人間関係を学ぶチャンスを与えるというポジティブな結果を想定。こういう発想なら怒っても全然いいんじゃないかと。むしろ怒り小出しにしていきまっしょいということを伝えていきたい2017(大げさ)

あけすぎた

2017年ももう1週間以上たってる((((;゜Д゜)))
生きてます!


今年は、参加人数が集まれば、ですが、国際モンテッソーリ教師(0~3歳)の養成コースが神奈川で開催されるので、開催された暁には参加予定(もう申し込み済み)です。
集まりますように!


申込書に、「このコースで学んだことを社会的にどう生かしていきたいか」を書く欄があって、思いつくままにバーっと書いてはみたものの、
もう今はただただ単純に勉強したい、子どものこと、ひいては人間のことをもっと深く知りたいという好奇心しかないという感じです。

まぁ好奇心のみで70万つぎ込むのも我ながらなかなかだけどな!本音としてはできればその後回収したいけどな!w


でも真面目な話、目の前の子どものことをより深く理解しようとし、それを実行していくことで、
大人の方も子どもとよけいな対立をしない、過剰にイライラしない、心穏やかな生活が送りやすくなり、
さらに大事なこととしては子どもの人格形成やその後の人生に多大な影響をもたらす、子どもが自立してかつ周りの人と協力して生きて行く礎を築く、
それがゆくゆくは一人一人が自立しつつみんなで支えあって生きていける世の中を作っていくことに繋がり、平和な世の中…戦争とかそういう国家レベルでなくてももっと個人の生活レベルで平和な世の中を作っていく
という、目の前の子どもレベルのことが世の中全体レベルのことに繋がっていく流れは常々感じている次第です。
だって今や個人の生活レベルで殺伐とし過ぎてやいませんかね…精神的にさ…時には物質的にもさ…


そこの大きい流れを見失わず、目の前の小さなできごとにいちいち真面目に、でもユーモアとおおらかさも持ちつつ向き合っていきたいと思います。
そのための勉強ができるといいな~。他人や自分を責めてしまう「正義の押しつけ」にならないような。多様性をお互い認めあえるような。

と、つらつらと書きましたが、今年も思いつくままに綴っていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

小さい子向け絵本に垣間見える育児スタイル 外国と日本の違い

以前、ある絵本をあかねに持って行った時の反応が
非常に印象的でしたというお話。

それがこちら↓

ちらかしぼうや

0~3歳向けの絵本は、
言葉と実生活を結びつける、実生活に即したものがいい。

(動物が2本足で立ってお料理するようなファンタジーは、子どもの中で世界が確立される3歳以降が好ましい)

とのことなのですが
探してみると意外とない。

なので見つけたらすぐ買うようにしています。
(そしてその本があかね在庫になかったら持っていく、と。これは完全に自己満足w)


この絵本をぱらぱらと見ていた先生たち、


「あら~いいじゃないこの絵本!」


おぉ、気に入って下さった様子。よかったよかった…


「何がいいって、
子どものお世話してるのがお父さん
ってところが、いいわぁ~!!!
さすが外国の絵本!」



えっっっ

そこ???


ってなりました。w


でも確かにそう言われてみると、3歳未満の小さな子どもとお父さんだけが出てくる絵本って外国のものが多くて、日本の物は少ないかも…と感じてしまいました。


「育児はお母さんが主体で、お父さんはおまけ程度」という日本の昔からの慣習が絵本の世界にも表れてるということかしらん。


最近はその慣習も崩れてきて、だいぶ主体的に育児に関わるお父さんも増えてきたように感じるので、絵本の世界でもお父さんが主体で子どもに関わるものが出てくるといいなぁと思います。


ちなみにこの絵本は、男女関わらず、出てくるお父さんを自分に置き換えるととてもほっこりします。

お父さんが片づけるそばから子どもが散らかしていく、という日常でありがちな一コマの連続。でも最後のお父さんのセリフがとてもおおらかで素敵。

私もこのくらいおおらかな気持ちで子どもに接しよう…その方がお互い平和だわ…
と素直に感じられるストーリーです。

ちなみに「ねんね」バージョン及び2冊セットもあります。どちらもお父さんと子ども。

絵もリアルなのに温かくて素敵。

今の保育園にも持っていこうかな。

強いSOSを感じた日~ワンオペ育児はこちらの予想以上にツラい

先日、お迎えに来たお母さんとお話していた時に

「もう、この子、誰かもらってくれないかなって思っちゃうんですよね」
というつぶやきが飛び出したのを聞き逃せませんでした。
お母さん泣いてたし。

その背景には
お母さんがひとりで、3歳になる娘さんの育児をしている
というご家庭の事情があります。
(お父さんはお仕事の関係で長期不在のご様子)

そこにきて、この娘さんがもれなく
秩序の敏感期及び「自分で!」が激しい時期
登園するだけでものすごい大変とのこと。

お母さんが急ぐあまり、娘さんのリュックを持って車に乗ろうものなら
「〇〇ちゃん(自分)がリュック持ってこなかったから玄関からやり直し!」
だとか、

靴を履かせようものなら
「自分でやるの!!!」
と激しく暴れ、そのくせ履けないと
「できない!!!!!」
とさらに激しく暴れ、結果何十分ものロスになるとか

娘さんのヒステリーが激しく、
それに振り回されて疲れ切っているようでした。

せっかちなお母さんとの相性もあるとは思うのですが
その歯車がうまく回らなかった結果、
このお話をする前の日は保育園を休んでしまったとのこと。

で、次の日はなんとか保育園に来て
そのお迎えの時にある先生が
「お母さん、頑張らなきゃだめよ、負けちゃダメ」
と声をかけたら
「もう頑張れません…」とひきつった笑顔で答えていたので
これは危ないと思い、私がでしゃばって話に入った次第です。

その話の中で

「家に帰ったらこの子と二人っきりなのが本当に辛い」
「誰かもうひとりこの子を見ていてくれたら本当に楽」
「この子異常ですか?私がダメなんですか?」
「もうこの子、誰かもらってくれないかなって思っちゃうんですよね辛すぎて」

などとSOSを求める台詞の連発。


う~ん

この状態の人に「がんばれ」っていうの、
鬱状態の人に「がんばれ」って言って追い詰めるのと一緒だぞこれ

と感じながら、

お母さんはもう充分頑張ってること、
これ以上頑張ろうとしなくていいこと、
娘さんがイヤイヤ暴れて辛かったら「お母さんも悲しくなっちゃう」って娘さんに伝えてもいいこと(あくまでヒステリックにならず淡々と)、何なら娘さんの前で泣いちゃってもいいんじゃないかということ、

娘さんは今順番や持ち物などの秩序に敏感な時期で、それが崩れるとヒステリックになってしまうけど、これは娘さんだから起きることじゃなくて世の中の3歳くらいの子はみんなこういう時期があること、
そしてこのヒステリーがいつまでも続くわけじゃなくて3歳半~4歳過ぎたあたりから落ち着いてくること、

同時に「自分でやりたい!」がものすごく強い時期で、自分でやるのを待ってると本当に時間がかかるし大人はついイライラしちゃうんだけど、でも子どもが自分でやった方が結果的には一番時間のロスが少ないこと、

そうわかってもうまくいかなくて娘さんが暴れたとしても、とりあえず保育園に連れてきちゃった方が、お母さんの心の安らぎを得るためにもいいということ、
娘さんは保育園では本当に楽しそうだから、保育園が嫌で行きたくないわけじゃないから、むりやり連れてきても罪悪感は持たなくていいということ

また辛くなったら保育園のお迎えの時でもいつでも誰かつかまえて吐き出して下さいね

ということをお話しました。
ちょっとしゃべりすぎたな…反省。

こういう対応をし(てしまっ)たということを備忘録的に書いておく。
たぶん話聞くだけでよかったんだ…出しゃばりすぎたなこれ



こうやって書き出してみると、
このお母さんけっこう追い詰められてるな…
と感じたので
ちょっと意識して様子を見てみよう。
話聞けるときは聞こう。
と思います。


とりあえずがんばれは禁句!w

「選べる」は楽しい 制服と思春期の話

今回はあんまりモンテッソーリ関係ない内容です。と先に書いておく。


以前、こんな記事を目にしまして。
www.asahi.com

www.asahi.com
www.asahi.com

確かに学校の制服って、メーカー指定があってそういうのに限ってダs(ry
素材が意外とペラペラで、冬めちゃくちゃ寒かったのを思い出します。お値段けっこう張るのに。その分厚くしてくれ~ぃ(たぶん流行らないライス風)

あとは、思春期ってホルモンの関係で身体のサイズがどんどん変わっていくから、そのつど買い替えるの大変ですよね。特に男子。

そして普段はジャージだったりするから、制服着るのはテストの時と学期の最初と最後だけみたいな、もったいない感じでしたねそういえば。

そして上の記事を読んでいくと、制服メーカーが教師の天下り先云々という腹黒い政治的な話まで出てくる始末。やめんかいw


という様々な問題も、
中3~高3まで通った母校のやり方だったら一発解決するんじゃないかしらこれ
と感じたのでどういう方式だったか書き出してみることにしました。
といっても大したことじゃなくて、

学校から支給されるのは、ブレザーの胸元につけるエンブレムとネクタイ2本(高3になると専用ネクタイもう1本)のみ
・あとは紺ブレ、白シャツ、グレーのボトムス、紺グレー黒のニットという大まかな指定のみ


これがもう、メリットしか思いつかないんですよ。
なので以下に思いつくまま羅列。



- メーカー指定なし!各家庭のお財布事情に合ったものでOK

もともと私の母校は「在外施設」扱いで、世界各国から生徒が集まってくる形の日本人学校。日欧米といった先進国ならともかく、アジアアフリカ圏から来る子たちも、自分の住む国で制服をそろえないといけないという事情がありました。(ちなみに私はトルコ)
だからメーカー指定なんてものはなし。というか物理的に無理でした。(学校推奨という形でハロッズがありましたけども強制ではありません。つか高くてダサかったw)。

つまり、大まかな指定から外れていなければ、極端な話ユニクロでもいいってことです。
ユニクロのニットとスカートで制服OK!ってなったら、親の立場としてもありがたいんじゃないかしら。
www.uniqlo.com
www.uniqlo.com
生徒側としてもこれなら可愛い♪(私が通っていたころはユニクロなかったんだよね…ちぇー)




- 選べる楽しさが残る大まかな制限

特に思春期の子にとっては「選べる」かどうかってすごく大きい。

紺ブレならシングルでもダブルでもどっちでもいいし(あんまりダブルの子はいなかったけど)、
ニットはカーディガンでもVネックでも丸首でも(ネクタイが見えれば)OK。休日ならタートルネックでもOK。

スカートに至っては、プリーツでもタイトでもフレアでも(土日や冬ならロングでも)よかったんです。これは思春期女子的にものすごく楽しい。私もプリーツ1枚、キルトスカート1枚、タイト1枚、友達から借りっぱなし(こらw)のロング1枚を着まわしてました。楽しかった…

当事者としては、これはほんとよかったです。

自分の体形に合った服、その日の気候や気分に合わせて服を選べる
という割と当たり前のこと
が制服時代でもできるという喜び。
というか制服時代ってそんな当たり前のこともできないのか…そりゃ窮屈だわな…ましてや思春期という多感な時に…と書きながら思う。




- でも制服としての統一感はバッチリ残ってる

色味の統一感とネクタイ・エンブレム効果ですかね。制服感はばっちりあるんです。集団でいると「あ、〇〇校の生徒」ってすぐわかります。
これは大人側(学校側)のメリットかもしれませんが、生徒としても学校の看板をいちおう背負ってるわけなので、外でそんなに悪いことできません…って当時はそこまで深く考えてなかったけど。あんまりそういうことしようとも思わなかったけど。ていうか外に出られるの1学期に1~2回程度だったから嬉しくて嬉しくてってこれ言い出すと違う話になるので割愛




- 制服の気楽な面も残ってる

完全私服と違ってセンスや家庭の経済事情の格差が表面化しにくいのは、当事者にとってかなり気楽です。私センスいいとは決して言えなかったのでね。自覚あり。

何よりも、ある程度は枠組みがある方が、選ぶ方も楽なんですよね。スカートはこの数枚の中から、ニットはこの4枚から、みたいな。ここまで読んでもらって分かると思うんですが、私基本めんどくさがりです。w 
でも個性やほかの子たちとの違いも少しは出したい、みたいな面倒なところもあるんだよ思春期は!www 


と多少乱暴に書き連ねてみましたが、今の日本でもこのやり方いいんじゃないの…と思います。デメリットが思いつかない。天下り先がなくなるくらいか?www

だって、とあるデータによると、日本の子どもの6人に1人が貧困ですよ今や。なんてこったい。どうなってるんだNIPPON。お高い(上にダサい事が多い)メーカー指定の制服に、何のメリットがあるというのだ。

完全私服と完全指定制服の間を行く母校のやり方、今振り返ってもいいなぁと思うのであります。学校関係のエライ人が参考にしてくれると嬉しいのだけど。

わかっていても…3歳半過ぎの秩序の敏感期 

秩序の敏感期の特徴の一つに
「ルールにこだわる」ということがあります。

来年の2月で4歳のKちゃん。

ルールへのこだわりが強すぎて、
お友達とのトラブルが頻発する毎日です。

お友達がちょっと違うことをすると、
それはもう、鬼の形相で怒るのです。

「ちがうよ!ダメなんだよ!!!」

言ってる内容は合ってるのですが
とにかく口調がキツ過ぎて受け入れてもらいにくい。

相手が口答えしようものなら
「でもダメなんだよ!!!
ダメなの!!!!!」

と怒りがコントロールできなくなり、
相手をたたいたりつき飛ばしたりしてしまう。
最後は自分も号泣。

「自分は正しい」という思いが強すぎるので
たたいたこと、突き飛ばしたことを謝ろうねと声をかけても
「ヤダ!!!(号泣)」の一点張り。


この、自分のことがだいぶ自分でできるようになって、
言葉もだいぶ達者になってからの、秩序感…

わかりにくいことこの上ない。
わかったとしても、受け入れにくい。
というのが正直なところです。苦笑


まぁ、秩序の敏感期だから~
で何でも許されるわけはなく、

「気持ちは言葉で伝えようね」
「たたいたりつき飛ばしたりしたらイヤだよね」
「自分がされてイヤなことはしないんだよね」

というのはいつも同じなので
こちらの対応はあまりブレることはないのですが。


ただ、見方を変えると、
本人が意識しているわけではなくても

この世に生まれ出てきて4年足らずで
「どういう風に伝えたら、相手に分かってもらえるか」
を実践の中で学んでいる
ところ

だと考えたら
それはすごいことだなと思います。
私もそこはまだまだ学び中だし失敗も多いし

あとは、もしこれが秩序の敏感期の特徴だとすれば
あと1年もすればルールへのこだわりは抜けてくるだろうと予想されるので、

今のうちにKちゃんと一緒に私も頑張ろう。笑